大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)128号 判決

原告

中央車輛株式会社

右代表者

坂本正憲

右訴訟代理人

若新光紀

外三名

被告

大森税務署長

日崎浅吉

右指定代理人

増山宏

外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、原告

1  被告が、原告の昭和四三年四月一日から昭和四四年三月三一日までの事業年度の法人税について、昭和四四年一二月二六日付でした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文と同旨

第二  当事者の主張

一、原告の請求原因

1  原告は、昭和四四年五月三一日、被告に対し、原告の昭和四三年四月一日から昭和四四年三月三一日までの事業年度(以下、「本件事業年度」という。)の法人税について、所得金額を二九〇万四、五八一円、法人税額を七六万三、八〇〇円として確定申告をしたところ、被告は、昭和四四年一二月二六日、原告の所得金額を六〇九万九、六一八円、法人税額を一八七万五、三〇〇円とする更正処分(以下、「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税五万五、五〇〇円の賦課決定処分(以下、「本件決定処分」という。)をした。

2  しかしながら、本件更正処分及び本件決定処分は、原告の所得金額を過大に認定した点において違法であるので、原告は右各処分の取消しを求める。

二、請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1の事実は全部認め、同2の主張は争う。

2  本件更正処分の適法性

(一) 本件事業年度の法人税に関する原告の確定申告による所得金額は、二九〇万四、五八一円であるが、原告の所得金額は、これに左のとおり合計三一九万五、〇三七円を加えて、六〇九万九、六一八円とすべきである。

(二) 棚卸計上洩れ 二万八、四〇〇円

原告は期末の棚卸に仕判輪子頭の仕掛品を計上洩れしていたので、その価額二万八、四〇〇円を益金に加算すべきである。

(三) 保険料の損金否認額 一六万六、六三七円

原告は保険料として四五万六、八二〇円を損金に計上していたが、右保険料のうち、一六万六、六三七円は未経過分であり、翌期分の費用とすべきであるから、右一六万六、六三七円は損金に加えるべきではない。

(四) 固定資産除却損の損金否認額三〇〇万円

原告は、昭和四四年二月二八日、原告の代表者である坂本正憲から東京都大田区大森南三丁目二九九番地所在、家屋番号同町二九九番四、木造スレート葺平家建工場建坪118.18平方メートルの建物(以下、「本件建物」という。)をその借地権(以下、「本件借地権」という。)とともに買い受け、建物代金として三〇〇万円、借地権の代金として二〇〇万円を坂本正憲に支払つた。ところが原告は、わずか一か月も経過していない同年三月一五日、本件建物を取り毀し、右建物の買受代金相当額三〇〇万円を固定資産除却損として、損金に算入して確定申告をしている。

このように原告が本件建物の取得後わずか一か月も経たない間にこれを取り毀していることからみて、原告が本件建物と本件借地権を買い受けたのは専ら本件借地権を利用する目的であつたと認められるので、本件建物の代金三〇〇万円は、実質的には本件借地権取得の対価と見るべきである。従つて、右三〇〇万円は本件建物を取り毀したことによる固定資産除却損として損金に算入すべきではない。

三、被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張2の(一)の事実のうち、原告の確定申告による所得金額が二九〇万四、五八一円であつたことは認め、その余の主張は争う。同2の(二)及び(三)の事実は認める。同2の(四)の事実のうち、原告が坂本正憲から本件建物(但し、その建坪は現況142.97平方メートルであつた。)と本件借地権を、建物代金三〇〇万円、借地権代金二〇〇万円で買い受けたこと(但し、買受け年月日は、後述のとおり昭和四一年八月一九日である。)、原告が本件建物を取得した後、昭和四四年三月一五日、本件建物を取り毀し、右建物代金三〇〇万円を固定資産除却損として損金に算入したうえ確定申告をしたことはいずれも認め、その余の事実は否認する。

2  固定資産除却損に関する原告の反論

(一) 本件建物の敷地はもともと訴外田中政雄の所有であり、訴外株式会社協和鉄工所(以下、単に「協和鉄工所」という。)が右田中政雄から借地権の設定を受けて本件建物と他の一棟の建物を所有していたところ、坂本正憲が、昭和三四年一月一〇日、右協和鉄工所から、本件建物とその中に存した機械、設備、材料及び他の一棟の建物を、本件借地権とともに譲り受けたものである。

(二) その後、坂本正憲は昭和三七年九月に原告会社を設立し、以来本件建物は原告が使用してきており、原告の代表者となつた坂本正憲は、昭和四一年八月一九日、本件建物と本件借地権を原告に譲り渡したのである。従つて、原告が本件建物を取得したのは、同日であつて、本件建物を取り毀すまでに約三年間原告は本件建物を使用しているのであるから、被告が主張するように、原告が専ら本件借地権を利用する目的で、昭和四四年二月二八日に本件建物を取得した事実はないのである。

(三) 原告が昭和四一年八月一九日に本件建物を取得したことは、次の事実からも明らかである。すなわち、地主田中政雄が借地権の無断譲渡を理由として抗議してきたので、昭和四一年八月一八日に借地権者を原告として地主田中政雄との間で新たに賃貸借契約を締結し、翌一九日その旨の公正証書を作成し、原告は田中政雄に名義変更料として三〇万円を支払つた。また、それ以降本件借地権の地代は、原告が田中政雄に支払つている。これらによれば、原告が昭和四一年八月一九日本件借地権を取得したことは明らかである。従つて、本件建物も右同日原告が取得したものと考えなければ不合理である。現に右同日以降本件建物の火災保険料も原告が支払つているのである。

四、原告の反論に対する被告の認否及び再反論

1  原告の反論2の(一)の事実は認める。もつとも、坂本正憲は昭和三五年八月一五日協和鉄工所に対する債権を本件建物に設定された抵当権付で譲り受け、協和鉄工所が倒産したころ、本件建物の所有権を本件借地権とともに取得したものである。同2の(二)の事実は否認する。もつとも、坂本正憲が昭和三七年九月に原告会社を設立し、以来原告が本件建物を使用してきたことは認める。同2の(三)の事実は争う。もつとも、原告と田中政雄との間に昭和四一年八月一八日原告を賃借人として本件建物の敷地に関し賃貸借契約が結ばれ、原告が田中政雄に名義変更料として三〇万円を支払つたことは認める。

2  本件建物は昭和四四年二月二八日に原告が取得したものである。すなわち、

(一) 昭和四四年二月二八日付で坂本正憲が原告に対し本件建物を売り渡す旨の売買契約書及び原告の取締役会が右売買を承認する旨の取締役会議事録が作成され、原告の帳簿上においても同日原告が本件建物及び本件借地権を取得したとして経理が行なわれ、本件建物及び本件借地権の売買代金の支払いは、額面各一〇〇万円、支払期日昭和四四年六月から同年一〇月までの毎月末とする約束手形五通によつて行なわれているのである。

これらの事実は、原告が同年二月二八日に本件建物を取得したことを示すものである。

(二) 昭和四一年八月一九日作成された原告を借地権者とする旨の原告と地主田中政雄間の公正証書は、田中政雄からなされた借地権の無断譲渡を理由とする抗議により生じた紛争を解決し、かつ、坂本正憲が借地権者となることにより生じる経済的負担及び事務的な煩雑さを避けるため、全く形式的に借地権者を原告としたものである。名義変更料三〇万円を原告が出捐したのは、原告が坂本正憲に対する本件建物の家賃の支払いに代えてしたものであつて、このことから直ちに原告が借地権者と認められるわけではない。

第三  証拠〈略〉

理由

一請求原因1の事実並びに本件事業年度において原告には確定申告にかかる所得金額二九〇万四、五八一円のほかに棚卸計上洩れ二万八、四〇〇円を益金に加算すべきこと(被告の主張2の(二)の事実)及び原告が損金に計上した保険料のうち一六万六、六三七円は損金算入を否認すべきであること(被告主張2の(三)の事実)は、いずれも当事者間に争いがない。

二本件における唯一の争点は、本件建物を取り毀したことにより、その価額三〇〇万円を固定資産除却損として損金に算入することが許されるか否かにあるので、この点について検討する。

1  原告が昭和四四年三月一五日本件建物を取り毀したことは当事者間に争いがない。

2  そこで、まず、原告がいつ本件建物を取得したかについて考える。

〈証拠〉を総合すれば、坂本正憲が本件建物を原告へ売り渡す旨の昭和四四年二月二八日付売買契約書及び原告の取締役会が右売買を承認する旨の同月一五日付取締役会議事録がそれぞれ作成されていること、原告の帳簿上は同月二八日に坂本正憲から原告が本件建物を譲り受けたとして、借方に建物三〇〇万円、借地権二〇〇万円、貸方に支払手形五〇〇万円と記載されていること、本件建物及び本件借地権の売買代金五〇〇万円の支払いは原告振出しにかかる金額各一〇〇万円、支払期日昭和四四年六月から同年一〇月までの毎月末とする約束手形五通によつて行なわれたが、右約束手形は支払期日ないしその翌日にすべて決済され、株式会社富士銀行川崎支店における原告の当座預金口座から同支店における坂本正憲の普通預金口座へ各一〇〇万円がそのつどそれぞれ振替入金されていることが認められ、これらの認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、原告は、坂本正憲から昭和四一年八月一九日に本件建物を譲り受けた旨主張する。

本件建物の敷地は田中政雄の所有であり、協和鉄工所がこれを賃借して本件建物及び他の一棟の建物を建築所有していたこと、坂本正憲が協和鉄工所から本件建物と他の一棟の建物をその中に在つた機械、設備、材料や本件借地権とともに譲り受けたこと、坂本正憲が昭和三七年九月に原告会社を設立し、以来原告が本件建物を使用してきたこと、原告と田中政雄との間に昭和四一年八月一八日原告を賃借人として本件建物の敷地に関し賃貸借契約が結ばれ、原告が田中政雄に名義変更料として三〇万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、坂本正憲は協和鉄工所に対する貸金債権の代物弁済として昭和三四年一月一〇日本件建物や本件借地権等を譲り受けたこと、本件建物には第三者のために抵当権が設定されていたので、坂本正憲が右第三者に対する債務を弁済して抵当権を消滅させたこと、結局、坂本正憲は本件建物及び本件借地権を取得するのに合計一、〇〇〇万円ほど出捐していること、原告会社が設立されるまでは坂本正憲の個人営業のために本件建物を使用していたが、昭和三七年九月に個人営業を法人化して原告会社を設立した後は原告が本件建物を使用し、本件借地権の地代は原告が協和鉄工所名義で田中政雄に支払つていたこと、しかるに、昭和三九年の春ごろ田中政雄が原告に対し本件借地権の無断譲渡であるとして抗議をし、土地の明渡しを求めたことから紛争が生じたが、結局、名義変更料三〇万円を支払つて原告と田中政雄との間に本件建物の敷地に関する賃貸借契約を結ぶこととなり、昭和四一年八月一九日に同月一八日付賃貸借契約に関する公正証書が作成されたこと、原告の株式のほとんど大部分は坂本正憲が所有しており、原告は坂本正憲のいわば個人会社ないし同族会社といつたものであることが認められ、これらの認定に反する証拠はない。

さて、原告代表者尋問の結果中には、原告と田中政雄との間に本件建物の敷地の賃貸借契約に関する公正証書が作成された昭和四一年八月一九日より二、三日前に、原告は坂本正憲より取締役会の承認を受けて本件建物及び本件借地権を譲り受けたものであり、前記認定にかかる昭和四四年二月二八日付売買契約書や同月一五日付取締役会議事録は後日に至つて形式を整えるために作成したものにすなぎいという部分がある。

しかしながら、前掲甲第六、第七号証(昭和四四年二月二八日付売買契約書及び同月一五日付取締役会議事録)をみても、昭和四一年八月の売買契約を追認あるいは確認するとか右売買を承認したことを確認するとかいつた文言は用いられておらず、右売買契約書には、坂本正憲と原告との間において「次の通り売買契約を締結した」として物件の表示、売買金額、代金支払方法が記載されており、右取締役会議事録には、「昭和四四年二月一五日午後一時当会社本店において、取締役全員出席のもと取締役会を開催し次の議案を協議の上、次のとおり可決確定し午後二時三〇分散会した。」として本件建物購入の件が記載されているのみならず、前記認定のとおり原告がその帳簿上本件建物及び本件借地権取得に関する経理上の処理をしたのは昭和四四年二月二八日においてであり、本件建物及び本件借地権の代金の支払いは同年六月三〇日より同年一〇月三一日までの間になされていること、成立に争いがない乙第一号証の一ないし三に証人上野修の証言を合わせ考えれば、原告が昭和四二年五月三一日被告へ提出した昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度分法人税の確定申告書に添付された第五期決算報告書の付属書類の一つである地代家賃の内訳書には、田中政雄に三〇万円を支払つたとしてその摘要欄に「仮工場家賃」と記載されていること、その記載は(誤つた記載であるかどうかはともかくとして)原告が本件建物を仮工場として使用しており、その家賃(に代るべきもの)として田中政雄に三〇万円を支払つたものであるという趣旨でなされたものであることが認められることに照らし、原告代表者尋問の結果中原告が坂本正憲より本件建物を譲り受けたのは昭和四一年八月一九日より二、三日前であるとの部分は、たやすく信用できないというべきである。

以上に述べたところにもとづいて考えれば、原告が坂本正憲より本件建物を買い受けた時期は、売買契約書及び取締役会の承認に関する議事録が作成され、原告の帳簿上も原告が本件建物を取得したとして経理上の処理がなされ、かつ、右売買契約書において定められた方法に従つて代金が支払われていることからみて、昭和四四年二月二八日であると解するのが相当である。

もつとも、右のように解すれば、原告が昭和四一年八月一八日田中政雄との間に本件建物の敷地に関する賃貸借契約を結んで賃借権を取得したのに、昭和四四年二月二七日までは坂本正憲が本件建物を所有してその敷地を利用し、原告は本件建物を借用していたという一見不自然な法律関係が続いていたことになるわけであるが、それというのも原告が坂本正憲のいわば個人会社ないし同族会社といつた特殊な事情にあつたためとみるのが相当であつて、一見不自然な法律関係が続いたことをもつて前記判断を左右するに足りない。

3 ところで、減価償却資産たる建物を除却した場合に未償却残額があるときは、その未償却残額を当該事業年度の損金に算入することができると解すべきであるが(法人税法二二条三項三号)、右建物をその敷地の所有権ないし借地権とともに取得した後、短期間内に右建物の除却に着手するなど当初から右建物を除却してその敷地を利用する目的であることが明らかである場合には、右建物の取得費用は実質的にはその敷地の所有権ないし借地権取得の対価的性質をもつとみるのが相当であるから、このような場合には、租税公平の見地から、右建物が除却されてもその取得費用ないし未償却残額を当該事業年度の損金に算入できないと解するのが相当である(成立に争いがない乙第一五号証によれば、法人税基本通達七―三―六は「法人が建物等の存する土地(借地権を含む。以下七―三―六において同じ。)を建物等とともに取得した場合または自己の有する土地の上に存する借地人の建物等を取得した場合において、その取得後おおむね一年以内に当該建物等の取りこわしに着手する等、当初からその建物等を取りこわして土地を利用する目的であることが明らかであると認められるときは、当該建物等の取りこわしの時における帳簿価額および取りこわし費用の合計額(廃材等の処分によつて得た金額がある場合は、当該金額を控除した金額)は、当該土地の取得価額に算入する。」としていることが認められるが、その趣旨は右に述べたところと同旨であると解される。)。

これを本件についてみるに、原告が本件建物を取得したのは昭和四四年二月二八日であり、これを除却したのは同年三月一五日であること前記認定のとおりであるから、取得後わずか一五日で除却されていること、証人金塚政一の証言及び原告代表者尋問の結果(ただし、前記信用しない部分を除く。)によれば、原告は本件建物が木造でクレーン台が取りつけられないため、昭和四三年の春ごろから本件建物を取り毀し、重量鉄骨の建物を建築することを計画するに至り、株式会社金塚工務店に右建築を依頼したこと、当初は本件建物の解体工事の依頼の話も出ていたが、株式会社金塚工務店において右解体工事の下請けへの手配が早急につかなかつたことと解体費用の点で結局右解体工事の依頼はなされず、昭和四四年二月の初めごろから原告の方で工員七、八人を使つて本件建物の取り毀しに着手し、同年三月一五日に取り毀しを完了したことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はないので、原告が本件建物を取得した同年二月二八日にはすでに本件建物の解体工事が進行している最中であつて、原告は専ら本件借地権を利用する目的で取引をしたもの、正確に言えば、かつて坂本正憲が本件借地権を取得するために出捐した費用を補填する趣旨で取引をしたものと解するのが相当である。

してみれば、原告は本件事業年度において本件建物の取得費用三〇〇万円を固定資産除却損として損金に算入することは許されないというべきである。

三以上のとおりであるから、本件建物の取得費用三〇〇万円の固定資産除却損としての損金算入を否認し、本件事業年度における原告の所得金額を六〇九万九、六一八円としてした本件更正処分及びこれに伴つてなされた本件決定処分はいずれも適法である。よつてこれらが違法であるとしてその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(高津環 上田豊三 慶田康男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例